風致と歴史的風致

これまで県条例だった「風致地区条例」ですが、制度が変わって鎌倉市が新たに制定することになり、案を公開して市民の意見を募っていました。その案には新たに「前文」がつけられました。鎌倉市独自の前文です。そこには以下のように、国による「都市の風致」にならんで市独自の「鎌倉の風致」が新たに定義されています。

「都市の風致」とは、都市において水や緑などの自然的な要素に富んだ土地における良好な自然的景観であり、(中略)「鎌倉の風致」とは、都市計画区域内に存在する丘陵 や樹林地、またはこれらと一体となった水辺地、若しくは、その状況がこれらに類する住宅地等、さらに、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置 法」による歴史的風土を有する土地等を含む良好な自然的景観に富んだ土地の状況をいいます。(鎌倉市風致地区条例案、前文より)

これを読んであれっと思いました。今まで自分が思っていた風致という言葉の意味内容とちょっとちがうのです。私にとっての風致とは、風雅な趣のあるまちなみ、のことです。具体的には庭園と屋敷とか宿場町の旅籠とかハイカラな西洋館などのある風景です。つまり自然を取り入れつつデザインされた人為的な創作物のある景色であり、山中や磯辺などの自然度100%の場所は天然であって風致ではないと思っていました。しかし前文では風致とは「良好な自然的景観」と言っているので、違和感を感じました。そう思いながら国交省のHPを探っていると「歴史まちづくり法」の関連ページで「歴史的風致」という言葉を見つけました。

「地域におけるその固有の歴史及び伝統を反映した人々の活動とその活動が行われる歴史上価値の高い建造物及びその周辺の市街地とが一体となって形成してきた良好な市街地の環境」を「歴史的風致」と定義(「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する基本的な方針」平成20年、国土交通省など、より)

歴史的風致も風致のひとつのはずなのに、ここには自然的景観のニュアンスはみじんも入っていない。対象は市街地の環境です。いわばまちなみ。このほうが自分のイメージにしっくりきます。では法律ではなく、もっと一般的にはどういう意味で風致という言葉は使われているのか。

風致-自然界のおもむき。あじわい。風趣。風致地区-自然の風致の維持を目的として都市計画区域内に特に指定された地区。(広辞苑より)

辞書では自然よりですね。あるいは昔の作家はこんなことを書いています。

十一月十八日。くもりて風なし。近巷岨崖の霜葉あるいは紅にあるいは黄に雑草の霜枯れと共に皆風致有り。」(永井荷風、断腸亭日乗より)

色づいた葉の情景に風致があると言っているので荷風にとっても風致は自然の風物にみられる趣のことのようです。でも近巷、つまり東京は麻布近辺にあった荷風の家のあたりの景色を述べているわけで、まちなみのなかに存在する自然におもむきを見ているのだと思います。このあたり、私も共感できるのですが、自然と作為が同居するところにおもむきを感じているのだと思います。
ここでもう一度、鎌倉市風致地区条例案の前文にもどると「鎌倉の風致」の定義の中で歴史的風土という言葉に触れています。「歴史的風土」とは、古都保存法において「わが国の歴史上意義を有する建造物、遺跡等が周囲の自然的環境と一体をなして古都における伝統と文化を具現し、及び形成している土地の状況」のことだそうです。つまり文化財と自然が同居している状況です。まさに作為と自然ですね。歴史的という言葉が入ると風致や風土はがぜん人為的なニュアンスを帯びてきます。歴史は人がつくるものだからですね。