駒場の家

古びないデザイン
この住宅のクライアントご家族は、とても建築に造詣が深い方々でした。広告代理店にお勤めの息子さんは安藤忠雄や私の知らない外国の建築家などに興味があり、また母上は大学時代に建築を専攻されていました。すでに設計を依頼していた会社の案に納得できず、私に別の案を作って欲しいと依頼されました。その最初にお会いしたミーティングで出された要望が、時が経っても古びないデザインの家を、というものでした。それがほとんど唯一の要望だったのです。使い勝手や快適性などの要望ならばそれほど難しくありませんが、古びないデザインという要望、これはそう簡単ではないぞと思いました。

大谷石に出会う
そんなある日、用事があって郡山にある大学に行ったとき、実験棟の裏に積んである試験体に気がつきました。それは石材の試験体でした。これは大谷石だな、と思いました。ところどころ青みがかったベージュの肌にあばた状の孔がぽつぽつあいているその質感を見て、これだ、と思いました(実は後でわかったのですが、それは栃木県大谷地区で産出する大谷石ではなく、 その近傍で採れる別の銘柄でした)。この石を積んで壁をつくれば流行に左右されないデザインになる、と直感し、郡山から大谷石の採掘場に直行しました。電話で調べて大谷石の採掘を行っている山南石材さんにうかがいました。大谷石の建築と言えば、フランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテルが有名です。今はその一部が明治村に移築されています。採掘場で社長さんのお話を聞くと、その会社のベテラン職人さんの一人が、当時の移築工事に携わったということでした。そんな由緒ある石屋さんから大谷石の使用例をたくさん見せてもらい、大谷石積みの壁による古びないデザインの構想が始まりました。

光のアーチ
ところで、敷地条件を調べてみると、その住宅が建つ予定の敷地は北側からの斜線制限が厳しく、平らな屋根では十分な天井高がとれないことがわかりました。そういう場合は、斜線に沿った片流れの斜め天井にする、というのが常套手段です。でもそれは現在の法規で決まる形状であり、古びないデザインという高貴な精神からはかけ離れているような気がしました。そこで、屋根をアーチ型にしようと考えました。伝統的な形ですし、斜線にもあたりません。そもそもアーチは石積みの壁に入口を開ける技法です。つまり建築の原初の形態です。丸太組を除けば、これほど寿命の長いデザインは他にありません。そしてそのアーチ屋根から光を入れるために屋根に細いスリットを設け、アーチ形のトップライトにすることにしました。光のアーチです。
こうして大谷石の壁とアーチ形の屋根によって、古びないデザインというクライアントの要望に回答を与えることができました。
鉄筋コンクリートの二階建て、外観、内観ともコンクリート打放しと大谷石のふたつのテクスチャーがコーディネートされています。リビングが2階にあり、連続するテラスごしに隣の公園の緑が眺められます。